私は何を知ってほしいのだろう?

しろもふ  @shiromov
2018/07/31 23:24:48

きょうだい児という立場から何かを語る時、
苦労話が実際の自分の人生における苦労の濃度よりはるかに濃くなってしまう。

それは私の人生のリアルではないし、私は困難に積極的に向き合えてきた人間ではないと思っている。
バランスを取るために、きょうだい児で良かったと思うエピソードなどを交えようとすると、それも嘘くさくなる。

これはきょうだい児に一般化される話ではないけれど、私が生きてきた中で苦しいことの割合はそんなに高くなく、人生は概ね楽しい。
では私は何を知ってほしいのだろう?

きょうだい児の視点は、想像しようとしても理解し難いものというよりは、想像してみるきっかけすらないものという印象がある。

いつか友達には、見向きもされなかったと寂しさを感じていた私の気持ちを少し知ってほしい。

なんだか今日は心に余裕があって、いつもよりわがままさが控えめかもしれない。

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