2021 . 05 . 03

精神障がいの親に育てられ、親子3代ヤングケアラー、対人援助職

精神障がいの親に育てられた白崎朝子さん。シブコトを読み、初めて母・自分・息子が親子三代ヤングケアラー、かつ親子三代支援職でもあることに気づいた。人生のなかでの様々な出逢いのなかで見出だした、恢復(かいふく)の道筋とは……。(対談:シブコト運営者 藤木和子)

Image

白崎 朝子さん  (介護福祉士・ライター)

1962年生まれ。ケアワークや初任者研修講師に従事しつつ、さまざまな社会活動をしながら執筆を続ける。著書『介護労働を生きる』編著書『ベーシックインカムとジェンダー』(共に現代書館)。2009年、平和・協同ジャーナリスト基金賞の荒井なみ子賞受賞。

「静かなる変革者たち」を読んで…


Image
白崎 今日は、昨年6月に、友人から紹介されて読んだ「静かなる変革者たち」 をきっかけに私の家族の話をしたいと思います。
この本には、20代後半の男女4人がご自分の体験を寄稿しています。彼女、彼らは私と同じく、母に精神障がいがある当事者です。

「静かなる変革者たち ~~精神障がいのある親に育てられ、成長して支援職に就いた子どもたちの語り
https://amzn.to/3315X6W

Image

白崎 私の息子より若い人たちですが、年齢差は全く感じずに、自分の過去の記憶や感情をよみがえらせながら読みました。
特に女性執筆者の感情には強く共鳴し、彼女たちの感情や体験を共有しました。編著者の研究者、蔭山正子先生のお父さんも精神障がいとのことで、それも印象的でした。
  
藤木 「精神障がいの親に育てられたこと・支援職・女性」という共通項が3つもあったのですね。私も、弟に聴覚障がいがあり、「母が悩みがちであったこと・支援職・女性」と重なるものを感じます。

先日、厚生労働省・文部科学省の「ヤングケアラーの支援に向けた福祉・介護・医療・教育の連携プロジェクトチーム」のヒアリングに呼んでいただいたのですが、その際には、「こどもぴあ」(精神疾患の親に育てられた子どもの会)の方も参加されていました。

Image

ヤングケアラー支援プロジェクトチーム詳細
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/young-carer-pt.html
(※ヒアリングは第3回2021年4月26日、資料等の掲載あり)

母と統合失調症の叔父…叔父の親代わりだった母


Image
白崎 昭和8年に生まれた私の母は、2歳で実母と死別し、伯母や実父から虐待やネグレクトされ、成人してからは性暴力やDV被害を受けるという苛酷な人生を歩んだ人です。母は是枝監督の「誰もしらない」は「私の物語だ」と言っていました。

また母には統合失調症の弟がいました。私にとって叔父にあたる母の弟も、実母と3歳くらいで離別し、母は10代前半から弟を育てざるを得なかったそうです。

私の母も藤木さんと同様、「きょうだい」の立場ですが、叔父(弟)が統合失調症を発症する前から母親代りでした。

藤木 先日のヒアリングでは、親代わりに子育てをするきょうだいを支援されている方も呼ばれていました。

Image

白崎 ただ母は精神病だけではなく、被差別部落や在日の人たちなどに対しても、強い差別意識がありました。ですから身内に精神病者がいるということが許せなかったようです。叔父とは腹違いだったこともあり、「うちには精神病の血は流れてはいない。弟は母方の血だ!あれの母もおかしかった!」というのが口癖でした。

精神的に不安定だった母


Image
いま思うと、叔父は発症してからはずっと入院していて、ろくに見舞いにも行かなかったし、わざわざ叔父のことを言い募る必要はなかったと思うのです。

ただ、後に母の主治医になった精神科医によれば、母は40代くらいで統合失調症を発症している可能性があります。晩年になるまで未受診だったので、いつ発症したのか、正確にはわかりませんが……。もしかすると母自身が自分の異変に気づき、恐怖ゆえに病気を否認したかったのかもしれません。

また母は統合失調症になる前から、虐待と性暴力の被害によるPTSDだったのでは……と思うのです。私は、幼少期から精神的に不安定な母の「ヤングケアラー」役割を担っていました。

藤木 お母様も白崎さんもヤングケアラーだったわけですね。思い起こせば、私の母もある種のヤングケアラー的な部分があったように感じます。

Image

白崎 昭和ヒトケタの母のなかには「統合失調症」という病名どころか「精神分裂病」という病名すらも存在していなかったように思えます。80歳を過ぎても、「キ●ガイ」という言葉を連発していました。

タクシーの運転手さんが聴いているのに、「私以外はみんなキ●ガイだ」と、入所している施設の他の高齢者の悪口を言い募っています。そんな母と接すると私の感情も嵐のように荒れました。

20代から始まった絶え間ない母との争いで葛藤し、荒れる感情に自己嫌悪していた私ですが、そんな私を理解して、冷静に支え続けてくれたのは息子でした。

Image

通知

閲覧の確認

閲覧しようとしているコンテンツは、多くのユーザーが違反報告しており、不快な内容が含まれる可能性があります。閲覧を続けますか?