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2018 . 09 . 29

きょうだい支援の輪を広げたい

Sibkotoの運営者のひとりであり、知的障害と自閉症スペクトラム、てんかんがある弟を持つ松本理沙さん。多くのきょうだい会の運営に携わってこられた松本さんの経験とSibkotoへの思いをインタビューしました。

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松本 理沙 さん 

1985年生まれ。主に京都府と北陸3県(福井・石川・富山)でのきょうだい会や、Sibkotoの立ち上げ、運営に携わる。障害児・障害者の親の会や特別支援学校PTA、大学のゲスト講義等での講演活動も行う。「家族のケアを担う子ども・若者をテーマにした事例検討会」の運営など、ヤングケアラー支援にも関わる。

弟のこと


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どの立場でインタビューを受けるかによって話す内容は異なるのですが、今回は「きょうだい」としての自分の経験ときょうだい支援に関わるまでの過程、きょうだい支援に対する思いを中心にお話ししたいと思います。

私は2人きょうだいで、3歳年下の弟には重度の知的障害と自閉症スペクトラム、てんかんがあります。私が小学4年生の時、弟が同じ小学校に入学してきました。当初、弟は支援学級に在籍していましたが、様々な事情が重なり、しばらくして、近所の特別支援学校に転校しました。子どもの頃、私に障害について教えてくれる人は誰もいなかったので、弟の特徴的な行動について、よく理解することができませんでした。当然、どのように関われば良いのかも、よく分かりませんでした。

理想のお姉ちゃんになれないことへの罪悪感


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私が小学生の頃、近所に、知的障害のある妹を持つお兄ちゃんが住んでいました。そのお兄ちゃんは私と同世代で、妹さんに対して面倒見の良い子で、いつも妹さんと仲良く手を繋いでお出かけをしていました。そのような2人のきょうだい関係が、私の親が抱く理想の関係だったのですよね。弟と仲良くできない私に対して、「どうしてもっと仲良くできないの?」と、親はいつも悲しそうに言っていました。

当時の私は、「だって、あの子は突然飛び跳ねたり、スーパーの中を走り回ったり、意味の分からない言葉を大声で叫んだりしないやん!同じ障害でも中身は全然違うのだから、一緒にしないで!」と、子どもながらに思っていたのですが、親に面と向かって言う勇気はなかったので、言えませんでした。親の期待通りに「きょうだい仲良く」できない私は、なんて駄目な子なんだろうと、自分を責め続けていました。

私にとって、弟と手を繋ぐことは、弟の手首をしっかりと掴むことでした。でも、手首を掴んでいると、「○○くん(弟)がかわいそうだから、きちんと手を繋いであげて」と周りの人から言われることもあったのですよね。手首を掴むことは、外出時にいつ飛び跳ねたり走り出したりするか分からない弟を逃がさないための、子どもの私が生み出した最善の策のつもりでした。周りに言われる度に、「自分に責任がない人は、好き勝手なことが言えていいですね」と、冷めた気持ちで聞いていました。

このような弟でしたので、小学校の中でも目立っていたのですが、幸い、弟の障害を原因とした、弟や私に対するいじめやからかいは、ほとんどありませんでした。多くの友人や先生たちは、いじめやからかいの標的にしないという意味では、障害に理解のある人たちでした。だからこそ、私は自分が抱えていた悩みを誰にも言うことはできませんでした。弟に関する悩みを周りに言えば、私の人間性が疑われると考えたからです。「障害者の家族がいる人は性格が優しい」というイメージを周りは持っていましたし、私自身も囚われていたのですよね。周りが求めている理想のお姉ちゃんになりきれないことへの罪悪感を、いつも抱えていました。

家族での外出が苦痛だった


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小学生の頃、家族で電車に乗った時に、弟の特徴的な行動を見て、弟や私の周りから乗客が一斉に離れていったことがありました。それ以来、家族での外出が苦痛になりました。外出中は、いつも誰かに気を遣わなければいけないという緊張感がありました。

不快な思いをされる方がおられたら、申し訳ないのですが・・・私が一人で外出している時、電車やバスの中で大きな声を出している自閉症の方と遭遇すると、過去の出来事を思い出し、胸がぎゅっと苦しくなり、身体が硬直してしまうことが、今でも時々あります。乗客の会話がピタッと止まる。露骨に見る人もいれば、無関心のふりを装う人もいる。何となく張りつめている、あの場の空気感が子どもの頃と全く同じで、自分がこの場にいることに居たたまれなさを感じるのです。

余談ですが、昔、関西で電車に乗っている時、いわゆる「大阪のオバちゃん」と思しき方が、パニックを起こしている自閉症の方に飴ちゃんを渡している場面に遭遇したことがあります。内心「違うねん、そうじゃないんやで」と思いつつも、オバちゃんが自分なりの方法で寄り添う姿を見て、救われた気持ちになったことがありました。

異性きょうだいゆえのケアの悩み


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私が中学生から大学生の頃、家族で外出する時に、弟のトイレに付き添うことがよくありました。弟も大きくなってきていて、女子トイレに一緒に入ることができなくなってきたため、私は男子トイレの扉の前で、弟が出てくるのをずっと待っていました。弟はトイレの時間が長く、洗面で水遊びを始めてしまうこともあるため、その時はなかなか出てこなかったりするんですよね。トイレの中に誰もいないことが分かれば、扉を開けて弟を引っ張り出すのですが、中の状況はもちろん分からないので、そういう訳にもいかない。男子トイレに入っていく男性が、扉の前にずっと立っている私を不思議そうに見てくる。正直、しんどかったですね。万が一、この状況を友人に見られた場合、何からどう説明すればいいのだろうかと、ひやひやしていました。

今回のインタビューでは触れませんが、外出時のトイレに限らず、異性きょうだいゆえのケアの悩みは他にもいろいろありました。ただ、同性きょうだいであればケアに葛藤しないという意味では全くありませんので、そこは誤解が生じないようにと願います。

なぜ、きょうだい支援に関わり始めたのか



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2013年2月、オハイオ州でSibshop Facilitator Trainingを受講。写真は、きょうだい支援の世界的先駆者であるDonald Meyer氏(The Sibling Support Project)と私。



私が「きょうだい支援」について初めて知ったのは、大学院に入学してしばらく経った頃でした。知ったきっかけは、本当に偶然としか言えなくて・・・それまで「きょうだい」というアイデンティティを自覚していなかったので、インターネットできょうだいについて検索するという発想すらありませんでした。当時は京都で暮らしていたので、京都きょうだい会に連絡を取ることになったのですが、ちょうどその時、例会が終わったばかりでした。「次回は石川県での一泊二日の交流会になりますが、良かったら参加しませんか?」と声をかけて頂き、いきなり泊まりがけの交流会できょうだい会デビューを果たすことになりました。

参加の回数を重ねる度に、参加者の話から刺激を受け、心の奥底で眠っていた自分の思いに気付けるようになってきました。最初は、第三者から向けられた冷たい眼差し、という視点からしか話ができなかったのですが、やがて、弟や親に対する自分の思いについても自覚できるようになり、だんだんと言葉にして話せるようになってきました。障害のある家族がいることで、我慢してきたことや辛かったこともありましたが、そのような思いに対して罪悪感を持たなくて良いことを、きょうだい会に参加する方々から教えて頂きました。

きょうだい会に参加することは、自分の気持ちに共感してもらえたり、悩みを解決するためのヒントが得られたり、新しい考え方を知ることができる貴重な機会です。参加を続けているうちに、気がつけば会の立ち上げや運営等にも携わることになり、今に至ります。

きょうだい会の多様性



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2018年8月、しろくま会(20~30代のきょうだい会)の活動の様子。参加人数が多い時は4~6名程度のグループに分けるなど、話しやすい雰囲気作りを心掛けています。



きょうだい会の活動内容は、各団体によって異なります。私が主に関わる大人のきょうだい会における例会やカフェでは、基本的に特定のテーマを設けない「フリートーク」のスタイルをとっています。なぜなら、開催できる回数が限られている中で、特定のテーマを設けてしまうと、そのテーマに関心のない人などが参加しづらくなるからです。フリーであるからこそ、様々な話題が出やすくなると考えています。もちろん、特定のテーマを設けることが有効な場合もありますので、その時は別途イベントを企画しています。

また、大人のきょうだい会には、「きょうだいのみ」など参加者を限定している会と、きょうだい支援に関心がある方であれば誰でも参加できる会があります。それぞれの良さを活かし、きょうだい支援がより良い方向に発展していけばいいなと思います。

私が運営に関わる会の一つである「しろくま会(20~30代のきょうだい会)」が、京都新聞から取材を受け、活動内容を記事にして頂いたこともあります。

しろくま会 不安、悩み 率直に語り合う 障害のある兄妹持つ若者集い(2018/02/26)

記事の最後の方に、「首都圏のきょうだい支援の関係者とともに、全国各地の「きょうだい」をつなぐウェブサイトの設立を準備」と書かれていますが、このウェブサイトはSibkotoを指しています。取材当時、公開に向けて準備をしている最中でした。

Sibkotoへの思い



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2018年7月、第1回きょうだい支援リーダー会議(しぶたね主催)。日本におけるきょうだい支援のリーダー的存在の人たちが集まり、活動内容や課題を共有しました。



運営者としてきょうだい会に関わっていると、例えば、会で語られる話題に偏りが見られた時などに、「○○さんは満足されただろうか」と心配に思ったりすることがあります。しかし、きょうだい会の運営者たちにも自分の生活があるため、参加者の方々に対してできることには限界があります。そのため、自分が本当に話したいことや聞きたいことを、安心して話せて聞けるきょうだいのための居場所が、インターネット上にあればいいなと考えていました。

Sibkotoでは、自分が話したいことを投稿することができ、反応したい話題にコメントやリアクションを残すことができます。Sibkotoに投稿して頂くことによって、学校生活、進学、就職、恋愛、結婚、出産、育児、ケア、福祉制度、家族関係、親なき後などのテーマ毎に多様な体験談が集まり、皆がそれらを共有できるようになれば、悩みを抱えているきょうだいの支えになるのではないかと考えています。

一方で、きょうだい会のように、対面で話すことの良さももちろんあります。インターネット上で読むことができるきょうだいの経験も、対面でお聞きすると印象が異なる場合があります。

私は、きょうだい会を運営したいという思いはあるけれど、様々な事情で活動できない方、できなくなった方を何名も見てきました。その事情が、運営に関する相談相手がいたり、広報の場があれば解決できることであれば、Sibkotoをそのツールとして活用できないかと考えています。

きょうだい一人一人の声が届きますように



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2018年8月、ヤングケアラースピーカーズ研修(日本ケアラー連盟主催)。講演活動を行うスピーカーを養成するための研修に、講師としてお招き頂きました。



私の講演活動について、少しお話させて頂きます。障害児・障害者の親の会や特別支援学校PTAで講演させて頂く時は、きょうだい支援の活動を通して知った、きょうだいが親御さんにしてもらいたいことを中心にお話ししています。より多くの事例をお伝えすることで、それぞれのきょうだいに合ったスタイルを見つけて頂きたいと考えています。大学のゲスト講義等では、きょうだいの立場にある学生さんやそのご友人に、まずはきょうだい支援の考え方を知ってもらいたいと思って話しています。きょうだいが、きょうだい支援を知っていながら会に参加しないと自分で選択したことと、知らなくて会に参加できないことは全然違います。

地理的に参加しづらいといった状況などを除いて、大人のきょうだいであれば、会への参加を自ら選択することができます。ただ、子どものきょうだいに関しては、そうとは限りません。私も子どものきょうだい会に関わってきた経験があるからこそ、その難しさについて語りたいことは数え切れないため、また別の機会にお話しできればと思います。

個人的には、全ての「きょうだい」に対して支援が必要であるとは考えていません。ですが、昔の私のように、自覚できていないだけの方や、自覚はしていても表に出すことが難しい状況にある方に対しては、何らかの形で支援に繋げていきたいと考えています。また、支援が必要なタイミングも、人それぞれです。

きょうだいによる、障害のある兄弟姉妹への殺人や無理心中の事件などを報道で知る度に、私はいつも胸が痛みます。亡くなられた方のご冥福をお祈りし、つらい状況にあるきょうだいにとって支えとなる方が身近におられることを願います。かつて、「これは未来の私かもしれない」と思うことがありましたが、幸い、今の私はこの心境ではなくなりました。将来に対する不安が完全に消えることはありませんが、昔と比べれば、今は少し生きやすくなったように感じます。

私は、かつての自分と同じような生きづらさを抱えるきょうだいを一人でも多くなくしたいのです。私一人ができることには限界があるため、周りの方々から多くの助けを頂いています。この特集記事をご覧頂いている皆様の中で、少しでも共感して下さる方がおられたら、ぜひ周りの身近な方に、Sibkotoについて伝えて頂けると嬉しいです。応援よろしくお願いします!


京都きょうだい会(京都「障害者」を持つ兄弟姉妹の会)
(「京都きょうだい会ブログ」に、過去の活動の様子が一部掲載されています)

北陸きょうだい会
(「これまでのイベント」に、過去の活動の様子が一部掲載されています)