知的障害の兄から性的虐待を受ける妹、ともに歩むべきか

「障害のある兄弟姉妹が大好きでこれからもずっと一緒に歩んでいきたい」という話はとても美しく聞こえますが、そうした美談や周囲からの期待に押し潰されてしまうきょうだい児もいます。きょうだい児はなぜ心を壊してしまうのか、押し潰されそうになってしまった場合はどうするべきなのか、ここでは知的障害の兄に性的ないたずらをされ続けてきた妹の例から考えてみたいと思います。

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白井 俊行  (Sibkoto運営者)

Sibkoto運営者。知的障害を持つ兄を持つ自身の経験からきょうだいのための記事執筆やWebシステムの運営を行っている。

私の体験から


 私には障害者の兄がいますと言うと「お兄さんは大丈夫なの?」とか「家族で助け合ってね」など優しい言葉を掛けていただきますが、昔からこれらの言葉にどう返して良いのかわかりません。というのも、私は兄が嫌いですし、今後も彼の人生に関わりたくないですから(詳しい話はこちらから)。
 2013年に母親が双極性障害(いわゆる躁うつ病)に罹ったとき、もの凄いパワーで日常を掻き回す母親をたしなめながら、兄が入所する施設の方に「たまには会いに来てくださいね」という優しい言葉をいただいたときにも何も言えず、ただただ疑問が湧き上がるばかりでした。兄を好きになれない私が悪いのだろうか?ありったけの愛情を兄に注いできた母親をなぜ私がケアしているのだろうか?家族だからというだけでなぜ助けないといけないのだろうか?

絆を押し付ける社会



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障害のある兄弟姉妹を助けたいという作文は、本音を書いているのか、その想いがこれからも続くのか、誰にもわからない。



 今までに世間が作り上げてきた障害者家族像を考えてみると「障害がある子を家族みんなで支える」とか「家族を幸せにできなければ幸せになる資格はない」のような価値感が多いと感じます。障害者思いの優しい子を期待されたり、道徳の作文で障害のある兄弟姉妹を助けたいと書かされたりすることもその一例です。本音ではそう思っていなくても本音は隠さないといけない気がする。空気を読んで行動しているとそれがいつの間にか既成事実になり、障害者を助けるための人生というレールを敷かれる。成長する過程で考えが変わったとしても、このレールを踏み外しはいけないと思ってしまう。誰もがそれを強要するわけではないけれど、仲良し家族コンテンツが溢れる社会から無言の圧力を感じる。
 もちろんきょうだい児の中には障害のある兄弟姉妹大好きな子もいます。福祉の仕事に就いて楽しく生活している方もいます。でも、それが唯一の正解かのように押し付ける社会には疑問を感じます。
 家族の絆で障害という困難を乗り越える、と言うと聞こえは良いですが、ときに家族の絆が鎖になってしまう場合もあるのではないか。ここでは私が出会った大学生のさやかさん(仮名)の例をみてみたいと思います。

性的な嫌がらせを繰り返す兄



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知的障害者の兄を持つさやかさん(仮名)。兄から性的な嫌がらせを受け続けてきた。



 大学生のさやかさん(仮名)には、お兄さんがいます。お兄さんは自閉傾向のある知的障害を持っています。知的障害の程度は軽度で日本語での会話もLINEのメッセージ交換もでき、簡単な軽作業を行う仕事をしています。さやかさんは大学生になってから一人暮らしを始めましたが、彼女が高校生までこのお兄さんに性的な嫌がらせをされてきました。私に話してくれた範囲で言えば、お風呂に入っていれば脱衣所の前を徘徊される。リビングで寝ていれば体を密着してくる。寝起きを襲われキスをされる。これらの行為が家の中で起こります。
 障害者だってなりたくてなったわけじゃないから仕方ない。知的障害だから、善悪の判断がつかないから仕方ないのでしょうか?母親に訴えても「よその人じゃなくてお前で良かった」「油断しているお前が悪い」と聞いてもらえません。兄のことなんか助けたくないと言うと「こんなに可哀そうなお兄ちゃんを助けたいと思わないなんて酷い人間だ」「お前には人としての温かい血が流れてない」と罵倒されます。同じ女性の母親にもわかってもらえない絶望と、自宅の中で何をされるかわからないという恐怖。そして周囲からはあなたがお兄さんを支えなきゃダメでしょう?という言葉を投げかけられます。
 こう書くと彼女はかなり特異な環境に置かれていると思われるかもしれませんが、実際に会ってみると普通の大学生で、高校生の時から付き合っている彼氏もいます。母親のことも大好きですし、一人暮らしをしていても頻繁に家族と電話しています。だからこそ悩んでいます。本当は彼と地元に帰って就職をしたい。でも地元には兄がいる・・・。
 出会った当時の彼女は摂食障害を患い過食嘔吐を繰り返していました。その心の内を次のように記しています。


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過食した後、指を口に突っ込んで嘔吐する。何度も過食嘔吐を繰り返した結果、嘔吐する際に歯と接触する薬指の付け根付近には ”吐きダコ” と呼ばれるタコができていた。



兄にされたことを誰にも言えるはずなんてないし言ったところで私がどんなに惨めだったかなんて到底分かってもらえるはずもないと思う。同じ女性である母でさえ、私が兄にされたことでどんなに傷ついて惨めに思ったかを理解出来ていなかったのだから。

彼氏に言ってしまいたいと思うこともある。だけど言ったところで障害者がいる生活を、自分のきょうだいに性的な目を向けられながら日々を過ごす恐ろしさを彼は知りえないし、彼にそれを押し付けても何かが変わる訳では無いということは私が一番わかっている。

私はこれから先も将来の自分が幸せになる為に就職して働きながら、いつかやってくるかもしれない母が亡くなって兄の面倒を見ることに怯えながら生きていくんだろうか。
自分が結婚して赤ちゃんを授かるという極々当たり前の幸せを望みながら、それに立ちはだかるであろう出来事たちを彼氏に抱きしめられたり誕生日を祝われたりしながらも恐れるんだろうか。
彼氏に求められることを喜ぶ女性としての自分を、お前がだらしないから自分の兄に性的対象として見られるんだとあの頃の自分が責める度に何度も何度も食べて吐いてを繰り返すんだろうか。 いつか愛に溢れる家庭を持ちたいと希望を持っていても兄を憎んで殺してやりたい、お前は私の家族じゃないという矛盾した気持ちを持ち続けていることに見て見ぬふりをしている自分を責め続けなくてはならないんだろうか。

私がこんな風に思っていることを兄本人に伝えてもなんら意味がない。だって理解できないんだから。兄が普通の人になるわけじゃないんだから。

空しい。

残念ながら、さやかさんの事例は私が知る唯一の事例でも、最悪の事例でもありません。





人を嫌いになってしまうのには理由がある



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きょうだいの口を塞いでいるものは何か



 障害者のきょうだいの中には、障害者ことを一方的に非難したり、悩みを聞こうとしても決して話さない人がいます。こうした人は悩みを打ち明けても結局聞いてもらえなかった経験を積み重ねています。きょうだいが相談する相手ー親や教員・福祉関係の人たちーは「障害者を支える健常者」という正解を持っているが故に、始めはきょうだいの悩みを親身に聞いてくれたとしても徐々に「どうやって障害者を助けるか」という方向にシフトしてしまいます。健康な自分のことなど誰も心配していない。心配するフリをして結局障害者のことを優先している。やりどころのない気持ちは怒りに変わり、次第に怒ることすら諦めてしまう。
 人が人を嫌いになってしまうのにはそれなりの理由があります。そこに暴力や性的な嫌がらせがあれば尚更です。その渦中にいる彼女たちは、あなたが「障害者支援」「家族の絆」「障害は個性」という優しい思考の延長線上にいる限り何も話してくれません。絆は強制されるものではないし、個性は犯罪を犯しません。だから、障害者支援のことは少し忘れて、優しい世界や美しい家族のことは少し忘れて聞いてみてほしいのです。兄弟姉妹のことが本当に好きなのか。嫌な思いをしていないのか。
 社会生活をする上で様々な配慮が必要になるという意味で障害者は確かに社会的な弱者なのかもしれません。でも、社会的な弱者が家庭内の弱者とは限りません。私には障害者=弱者という安直な考えが更に弱き者の口を塞いでいるように思えてなりません。

生まれ、育ちの家族を超えて


 弱き者に追いやられたきょうだいはどうすればいいのか。家族というだけで受け入れて助け合っていかなければならないのか。さやかさんと出会ってからこの問題を考えていますが、私は家族を選べるような制度が必要だと思っています。家族になりたいと思える人と家族になれ、どうしても家族を続けられない場合はやめられる。この人を助けたいと思えるか、この人と家族でありたいか、それは自分の心にしか決められません。夫婦関係では当たり前に認められていることを親子やきょうだいにも認めてもらう。この前提があって初めて助け合うという関係が成立するのではないでしょうか。
 家族の幸せを問う前に、自分が幸せになれる環境を自分で選び取れるようになってほしい。過去に離婚をしたけど今は幸せですと言える社会になったように、生まれ育った家族とはうまくいかなかったけれど、私が選んだ家族はとても幸せですと言えるような社会になってほしいと願っています。

※(2019/4/3 追記)当初のタイトル「弱気に耳を傾けて」及び記事概要や構成を一部変更しました。

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