2019 . 03 . 31

障がい者のきょうだいの会ファーストペンギン代表の体験と親への思い

障がい者のきょうだいの会ファーストペンギン代表の山下のぞみさん。4人きょうだいの末っ子で障害のある姉と兄、障害のない姉がいます。生まれた時からきょうだい児、子どもの頃から「私は障害のあるきょうだいのために生まれた存在ではないだろうか」「私を見て、私を愛して」という思いを抱えてきた自分と親の思いとの行き違い、大人になってからの親との対話などについて話してもらいました。

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山下 のぞみさん  (障がい者のきょうだいの会ファーストペンギン代表)

1980年生まれ、障がい者のきょうだいの会ファーストペンギン代表、介護福祉士、精神保健福祉士、社会福祉士。障害者支援施設に勤務する傍ら、20代・30代を中心とするきょうだいが集まる場として、2015年にファーストペンギンを設立。

きょうだいと親の行き違い


 私は4人きょうだいの末っ子です。父、7つ離れた精神障害の兄、4つ上の知的障害の姉、1つ上の障害のない姉、私です。自分より上に障がい者のきょうだいがいると思ってしまうのは、「私は障がいのあるきょうだいのために生まれた存在ではないのだろうか」という疑問です。
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知的障害のあるお姉さんとの写真、右が山下のぞみさん


 ひとつエピソードがあります。小学校低学年の時に道徳の授業だったでしょうか。自分の名前の意味を親に聞くという宿題が出ました。私も父に聞きました。「私の名前『のぞみ』の意味はなに?」・・・聞くもんじゃありませんね。私の場合、これが地雷でした。私が忘れられないのは、名前の意味ではなく、父の「お前の名前がひらがな表記なのは知的障がいがある姉が書けるようにするため」という言葉です。

 それから30年くらい経った数ヵ月前、私がショックだったと言うと、父は発言を全面的に否定しました。ファーストペンギンの飲み会で話すと「言った方にとっては何気ない言葉で忘れてしまうんだよね。言われた方はそれをずっと握りしめて生きていくのに」と言われました。4人の子どもを苦労しながら育ててくれた父を責めるつもりはないのですが、きょうだいと親の行き違いはまさにこのようなことだと実感しました。

親御さんの思い、きょうだいの思い



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障がい者のきょうだいの会ファーストペンギンの飲み会で



 障がいのあるお子さんが生まれた時、親御さんは葛藤するでしょう。それでも愛情を込めてその子のためになることであれば何でもしてあげたいと思うでしょう。その一つの選択肢に「きょうだいを作ってあげたい」が出てくるのだと思います。

 生まれてきた理由やきっかけは話さなければ、私達には関係ないし、傷つくことはありません。しかし、成長過程で出てくるのが、親御さんの思いときょうだいの思いの行き違い、コミュニケーションのすれ違いという課題です。

 どこの家庭にもあるだろう親御さんの思いを想像してみます。
 親御さんの多くは子どもが生まれた時、愛情と夢を抱き、将来こうなって欲しいなって希望を持ちながら子育てするのではないでしょうか。

 しかし、ここに障がいを持つ子どもがいたら少し変化します。
 「どう成長するんだろう」
 「自分になにかあった時にこの子はどうなるんだろう?」

 次に、ここにきょうだいがいるとさらに変化するのではないでしょうか。
 「きょうだいで助け合って生きて欲しい」
  もしくは、
 「障がいがあるきょうだいのことは考えずに自分の人生を生きてほしい」
 
 このように、親御さんの思いは状況によって変化すると思うのです。そして、その思いをきょうだいに何気なく言ったり、きょうだいが自分で感じ取ったりします。

 しかし、子どもは親に対してはシンプルに「私を見て、私を愛して」だけです。そして、子どもにとって親御さんの存在や言葉は、親御さんが思っている以上にとても大きいものです。障害の有無やきょうだい児かどうかの立場にかかわらずです。

 38歳になる私が、7歳か8歳の時に言われた言葉を忘れることなくその後の人生に大きな影響を及ぼしたように、私にとって父の言葉は強かったのです。このようなエピソードはファーストペンギンの参加者からもよく聞きます。

進路選択は父に私を見てほしかったから


 

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きょうだいのイベントで思いを語る山下のぞみさん



 私の母はとてもユニークな人で母の役割をしませんでした。私達きょうだいにとっては父がすべてでした。特に私は姉と同じ学校で同級生からからかわれ、小、中、高とほぼ学校に行くことは出来ませんでした。父に見放されたら生きていけない。そんな中で生きていたのです。

 通信制の高校の卒業が迫り、進路を決めなければならない時になって、兄がアルコールの問題を起こすことが増えてきました。父は兄を警察に迎えに行く。自宅に連れ帰れば、兄と父は取っ組み合いのけんか。次女の障害のない姉は進学して家を出ていたので、私は知的障がいのある長女の姉と状況がおさまるのを待つ日々。
 
 その中で、父に進路の相談をした時の言葉は「お前の好きなように」。障害などの問題がある兄や姉のことで精一杯の父の目に私は入っていませんでした。「好きに生きて」は私に関心はないのだと解釈しました。
 
 私はどうにかして父の目の中に自分を映したい、父に私を見てほしい。ただそれだけでした。だから、私は障がい者施設のスタッフの仕事を選んだのです。父の目に入ることには成功しました。しかし、その先、私は新たな葛藤を抱えていくのです。

父の「パートナー」になってしまった


 障がい者施設のスタッフは好きで選んだ道ではなく、子どもとして生き残る手段として選んだ職種です。専門学校時代も卒業後も本当に大変でした。しかし、多くの人に出会い支えられ、今ではこの職種以外の仕事は考えられません。
 
 ただ、親子関係においては、私にとっては新たな試練の始まりでした。私は、「父の子ども」になりたいと思ってこの仕事を選びました。しかし、気付くべきだったことは、子どもではなく「パートナー」になってしまうということでした。
 
 父の姉や兄に対する思いや悩みを聞き、福祉関係の機関との仲介役になる。それでも、私は頼られているのがうれしいと思っていました。思い込んでいたというのが正しいのでしょうか。

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きょうだいのエピソードに耳を傾ける多くの参加者




「私も聞いてほしいことがあるの」

 
 ある日、私は仕事で上司にひどく叱責され、それも本当に納得できないことで落ち込み、父に電話をかけました。父からは「ちょうど電話しようと思っていた。会おうか」本当にうれしかったのです。

 しかし、迎えに来た車には姉が乗っていました。
 父からは「姉がグループホームで自傷したから、話を聞いてほしい」でした。「私も聞いてほしいことがあるの」と言いかけた言葉は飲みこみました。
 姉にどうしたのか聞いても答えがなく、私も精神的に追い詰められている状況で口調がきつくなっていたのでしょう。父から「姉は傷ついているんだよ。もっと優しくできないのか」と言われたのです。限界でした。ここで泣いたらダメだと抑えきれない感情を握りしめて、「ごめんね。私疲れているのかな。また後日に話を聞くね」と言って別れました。
 
 車から降り走り出したのを見ると、プツンと切れた感情があふれ出し、駐車場に座り込み泣いてしまいました。通りがかりの人が心配して声をかけるほどにその場で号泣したのを覚えてます。
 家に帰りファーストペンギンの仲間にメールして、電話して話を聞いてもらい、どうにか立ち直りました。

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ファーストペンギンのメンバーたちと




父から「もう少し早く話し合えたらよかった」


 「自分の気持ちを伝えればいいのに」ときょうだいではない方は簡単に言うでしょう。
 しかし、親が大変な状況の中で自分を育ててきてくれたこと。親だからこそ本音を伝えたら見捨てられるのではないだろうか。親の思いに応えられない自分はダメな人間ではないのか。などと思ってしまうのです。

 今年に入り、一大決意をして父に言った言葉があります。それは、「私はパパがこわかった。パパに愛されているのか。パパが私を見ているのか。パパに捨てられないか。それを考える毎日がこわかった」という言葉でした。父は悲しそうな顔をして黙ってしまいました。

 数日後、父から返ってきた言葉は「パパはその言葉がショックだったよ。何かあればその時に伝えてくれれば良かったのに。もう少し早く話し合えたら、もう少し早くお前の気持ちに気づけたらよかった」でした。

親子のコミュニケーションのヒントになれば


 このような私の経験やファーストペンギンの仲間からの 「自分の親なのに気持ちを伝えられない」「親とのコミュニケーションの取り方がわからない」という思いから何かできないかと考えたのが、2019年3月24日(日)ファーストペンギンが主催したイベント「親ときょうだい児が本音で語る未来と親なきあと」です。
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 親子ですぐに会話をすることは難しいけれど、第三者の他の親御さんやきょうだいの話なら受け入れやすく、きっかけになるのではないでしょうか。ありがたいことに、当日は定員100名満員御礼でした。そこで、4月7日にも都内で定員20名の少人数で第2弾のイベントを行います。3月24日に参加できなかった方も、話し足りない方も、ぜひいらしてください!

4月7日親の本音・きょうだい児の本音、もっと聞いちゃいましょうの詳細・申込みはこちらです。
https://sibkoto.org/event/detail/112

 私は親子が、お互いにまだ歩み寄れる状態にあるなら、お互いが無理のない形で、話し合い、ルールを作り家族を続けてほしいと思っています。
 ただ、私が父と話し合った時の父の悲しそうな顔を思い出すと、すべてを話して傷つけ合うことがいいとは思っていません。親子で話した方が良いことも、きょうだい同士や親御さん同士だけで共有するにとどめて未来に向かった方が良いこともお互いの未来や幸せ考えた場合にあるでしょう。
 イベントで、登壇者の親御さん、きょうだい、参加者の方々と一緒に話し、考えることで、それぞれがヒントを持ち帰り、変化、行動のきっかけにつながればと思っています。
 
 ちなみに私の家のルールは、4つです。
 ①姉、兄の支援会議などには私も出席して口を挟ませてもらう。
 ②父や関係者にお願いされてもできないと断る権利をもらう。その際は私以外の社会資源を使ってそれを埋める。
 ③私のいない所で姉や兄のこと決めない。決めた場合、私は責任は持たない。
 ④支援会議などが終わった後はできる限り一緒に食事をして話をする。

 一つでも多くの障がい者家庭に笑顔が戻るように願っています。

ファーストペンギン紹介



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立ち上げメンバーの3名 左から藤木和子さん、代表の山下のぞみさん、柳陽子さん



 障がい者のきょうだいの会ファーストペンギンは東京で20代、30代を”中心”とするきょうだいの会です。2015年に3人で立ち上げました。現在は7人の運営スタッフとこれまでに100名以上の参加者がいます。
 月に1回、都内で集い・飲み会などを開催しており、毎回20人~30人程、関東近県や全国各地から集まります。集まるメンバーは20代、30代、under、overと年代も性別さまざま、話すテーマも進路・就職、カミングアウト、恋愛・結婚、親との関係、人間関係、「きょうだい」とは全く関係のない雑談などさまざまです。「自分の人生を生きる」をモットーに、これまでに、結婚しているきょうだいからリアルな体験談をきく企画や、弁護士や福祉職による親なきあと、成年後見のミニ勉強会なども開催してきました。山下と藤木は全国きょうだいの会の本部スタッフも兼任しており、上の世代のきょうだいと次世代をつなげればとも思っています。
 
 初参加の方は毎回来てくださいます!みんなが自由に自分の気持ちを話せる場所とするために、ルールは誰の話も否定しないことだけ。みんなで良い会、良い場所を作りましょう。
 運営スタッフを含め、きょうだい会の存在を知り、参加するまでには勇気ときっかけが必要でした。ファーストペンギンは、群れの中で、勇気を出して最初に飛び込むペンギンのことですが、まさにそんな感じでした。一人で抱えていたことも、話すことで見えることもあると思うので気軽に参加してください。きょうだい同士のつながりを第一に、親御さんともつながり、オープンに話せていけたらと考えています。

今後の予定 2019年4月
2019年4月7日(定員20名、募集中)
「親ときょうだいが本音で語る未来と親なきあと~第2弾~」
詳細・申込みはこちら

2019年4月10日 
「緊急企画!きょうだいの日記念してお店貸し切っちゃうのできょうだいさん達集まりませんか? 」
詳細・申込みはこちら

2019年4月21日
「全国きょうだいの会全国総会in大阪」
ファーストペンギンからは運営スタッフを中心に参加予定です。
詳細・申込みはこちら

これまでの主なイベント
2018年11月10日定員100名満員御礼!
「きょうだいの私、結婚どうする?~リアルに語る結婚観~」

参加レポート きょうだいの結婚へのハードルは案外高くないのかもしれない
(NHKニュースでも取り上げられました)

2019年3月24日定員100名満員御礼!
「障がい者家族~親ときょうだい児が本音で語る未来と親なきあと~」
詳細はこちら

TBSラジオ障がい者の「きょうだい」の悩みとは?▼人権TODAY
TBSラジオで親御さんの立場ときょうだいの立場の声を取り上げていただきました。

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お問い合わせ fastpengun@gmail.com

Sibkoto編集部より
 Sibkotoでは、きょうだい、きょうだい児の体験談を募集しています(匿名での掲載可)。親御さんや支援者等の立場の方も歓迎しております。体験談はタイトル、中見出しを含めて2000文字以上の文章とさせていただきます。内容は問いません。体験談掲載希望の旨、お問い合わせページ よりご連絡ください。

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